--- title: 『ロード・ジム』について author: kazu634 date: 2007-06-03 url: /2007/06/03/_549/ wordtwit_post_info: - 'O:8:"stdClass":13:{s:6:"manual";b:0;s:11:"tweet_times";i:1;s:5:"delay";i:0;s:7:"enabled";i:1;s:10:"separation";s:2:"60";s:7:"version";s:3:"3.7";s:14:"tweet_template";b:0;s:6:"status";i:2;s:6:"result";a:0:{}s:13:"tweet_counter";i:2;s:13:"tweet_log_ids";a:1:{i:0;i:2975;}s:9:"hash_tags";a:0:{}s:8:"accounts";a:1:{i:0;s:7:"kazu634";}}' categories: - つれづれ ---

所属しているサークルで発表することになる原稿をここに書き散らしておきますね。修論の構想のscratchです。


極限状態に置かれたときに人はどのように行動するのか?―本の中に描かれている勇敢な船乗りを目指した若者は罪の意識から逃れられずに、自分が望む結末を自分の意志で選ぶ。

 この物語を始めて読む際の感想は次のようなものになるだろう:「何が書いてあるのかがわからない」。それは原文である英語で読んでも、翻訳を読んでも同じではないだろうか?少なくとも邦訳を読んでいても、場面設定がなかなか頭に入ってこない。それでも読んでいくと、ふいに状況が目の前に現れてくる瞬間が出てくる。そうなってくるとこっちのもの。

 何がこの『ロード・ジム』を読みにくくしているのか?―一見してすぐにわかるのは、ややこしい構文だ。本当に難解に書かれている(翻訳もその部分は踏襲されている)。しかし、それ以上に話をややこしくしているのは私たちの期待をこの作品が裏切っているからだ。この小説のタイトル・「ロード・ジム」をみてどのような物語を期待するだろうか?ジムという登場人物が活躍する物語を期待しないだろうか?物語の冒頭で主人公のジムは185cmぐらいの体格の良い人物で、小綺麗にしており、頭から足まで白い服を着ている…というような描写がされている。ありきたりな言い方をすれば、「とても勇敢そうな若者」という描写だ。そして舞台が東南アジアの海港ということから、何かしらの冒険の匂いが冒頭から漂っている。

 こうした私たちの期待をこの物語はものの見事に裏切る。私たちが普通抱く期待というのは、おそらく次のル・グインの発言に集約されるだろう:

[…] ほとんどのファンタジー作品が試みようとしていることのひとつは、あらゆる知性、勇気、忍耐力を駆使することで、逆境を切り抜ける人物を描くことです。【注1】

『ロード・ジム』の場合は、「ファンタジー作品」ではなく「冒険小説」ということになるだろうが、「冒険小説」においても状況は同様だろう。「冒険小説」は「あらゆる知性、勇気、忍耐力を駆使することで、逆境を切り抜ける人物を描くこと」が目的とされている。しかし、この『ロード・ジム』ではそうした期待はことごとく裏切られることになる。これが私たちの読解を著しく遅くし、難解なものにしている原因ではないだろうか。

 読者が想定しているジャンルからのずれ―これがこの『ロード・ジム』を読みにくくしているのではないか。そしてこのずれが何を意味するのかを考えることには意義があるのではないかと思う。


  1. 『ユリイカ 2006年8月臨時増刊号 アーシュラ・K・ル=グウィン』を参照のこと


『ロード・ジム』<上> 『ロード・ジム』<下>:
ロード・ジム (上)