--- title: 気になった文章 from tumblr author: kazu634 date: 2010-03-25 url: /2010/03/25/_1493/ wordtwit_post_info: - 'O:8:"stdClass":13:{s:6:"manual";b:0;s:11:"tweet_times";i:1;s:5:"delay";i:0;s:7:"enabled";i:1;s:10:"separation";s:2:"60";s:7:"version";s:3:"3.7";s:14:"tweet_template";b:0;s:6:"status";i:2;s:6:"result";a:0:{}s:13:"tweet_counter";i:2;s:13:"tweet_log_ids";a:1:{i:0;i:5185;}s:9:"hash_tags";a:0:{}s:8:"accounts";a:1:{i:0;s:7:"kazu634";}}' categories: - メモ ---
自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ。
見てくれている人とは、長く、強いつながりを持ちたいのです ─ イチロー
僕の場合はチームのことももちろんそうだけど、個人として、人に見られて魅力的な選手、個性のある選手でいたい。チームがもしもいい状態でなくても、あいつのプレーは見たいと言われるような選手を目指してやっていきたい ─ イチロー
What you really value is what you miss, not what you have.
Growing up is a trap. When they tell you to shut up, they mean stop talking. When they tell you to grow up, they mean stop growing. Reach a nice level plateau and settle there, predictable and unchanging, no longer a threat.
中国は欧米先進国のテクノロジー水準に「キャッチアップ」する過程で、緊急避難的に「オリジネイターに対する敬意」を不要とみなした。
そのことは「緊急避難」的には合理的な選択だったかもしれない。
けれども、それは社会生活の質がある程度のレベルに達したところで公的に放棄されなければならない過渡的施策であった。
中国政府はこの「過渡的施策」を公式に放棄し、人間の創造性に対する敬意を改めて表する機会を適切にとらえるべきだったと思う。
けれども、中国政府はすでにそのタイミングを逸したようである。
創造的才能を「食い物」にするのは共同体にとって長期的にどれほど致命的な不利益をもたらすことになるかについて、中国政府は評価を誤ったと私は思う。