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書評誌サークルの最後の原稿 kazu634 2008-03-08
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つれづれ

 こいつは自分が関わっているサークルに載せる最後の原稿。

 「お約束」をあまりにも当たり前のものと考えていませんかこの作品はそんな「お約束」を鼻で笑い飛ばして、読んでいる人を煙に巻きます。「お約束」を守らないのはKYじゃないかってそうじゃないんです。約束を上手に破ればKYとは言われないんです。その破り方をおもしろがればいいんですよ。

 以下、ネタバレあり。注意。

 アレッサンドロ・バリッコという名前を聞いて、多くの人は聞いたことがないかもしれない。自分もこの作品を映画化した『シルク』を観るまでは同じだった。でも、『海の上のピアニスト』を書いた人と言われれば多くの人はピンとくるのではないだろうか?あの『海の上のピアニスト』を書いた作者が書いたのがこの『絹』なのだ。

 この『絹』はヨーロッパで起こった東洋趣味とかジャポニズムみたいなものを体現した作品のような外見を装って始まる。この「外見を装って」というのがポイントだ。つまり、日本という神秘的な国に出向いた主人公がその地の女性に心を奪われてしまうが、その恋は叶わない…という外見を装うのである。絹を主産品として街を振興しようという計画が持ち上がり、それは何とかして軌道に乗ってきた。そんな中でカイコの疫病が起きる。はるか遠くの国のカイコまでこの疫病にかかっていることが判明する中、安全策をとって日本からカイコを入手する計画が持ち上がる。その運び人として主人公が選ばれ、フランスと日本を三往復することになる。この三往復の間、主人公が日本の女性に心を寄せている様子が主人公の視点だけから語られる。この「だけ」というのがポイント。この往復をしている間、フランスで主人公は結婚をする。日本の女性を忘れられないままだが、フランスで幸せに生きようと努力する。しかし日本の女性を忘れられず、日本へカイコ調達の話が出るたびに自分から志願する主人公。三回目のカイコ調達は失敗に終わり、その年の絹織物製造は暗礁に乗り上げることとなる。主人公は絹織物に依存している街の経済をなんとかするために、自分の屋敷の庭園をつくる大規模な事業を始め自分の妻を喜ばせようとする。主人公夫婦は子供に恵まれず、この庭園造りに没頭する。

 最後のあたりから段々と「東洋の女性に恋いこがれる西洋人」の物語から外れていっている気がしませんでしたか?でも、この時点ではそれは違和感に過ぎません。それも本当に些細な違和感にしか過ぎないのです。物語の三分の二を過ぎたあたりで主人公は日本の女性から手紙を受け取る。その手紙は、日本の女性が主人公のことを切々と慕っている様子が書かれている。そして、もう日本に自分を訪ねてこないで欲しいと書かれてあった。それを読んで、主人公は日本の女のことを諦める。その後、しばしの時間が経過する。主人公の妻は若くして亡くなってしまう。いまわの際に、主人公は自分が日本の女に心奪われていたことを妻に告白しようとする。しかし、妻は主人公は告白しようとするのを遮り「わかっているわ」とだけ返事をする。妻の死後、主人公はあの手紙が実は妻が書かせたものであることを突き止める。あの手紙は実は、「日本の女性が主人公を切々と慕う」内容ではなかったのだ。あの手紙は、「日本の女に自分の夫が心を奪われ気づいてはいる。しかし、主人公の子供を授かれない体の自分としては女としてどうしてもその女に敗北を認めざるをえない。それでも夫の心を自分に向かせようとして妻が書いた」手紙だと読書は気づかされることとなる。

 ここで一気にこれまでの物語はひっくり返る。この物語は典型的な「西洋の男性がエキゾチックな東洋に出向いて、その土地の女性に心惹かれる」物語では断固としてないのだ。この物語は「自分の夫が別な女に心寄せていることに気づいていながら、夫の一番近くにいるにもかかわらずその女性に敗北を認めたまま死んでいかなければならなかった女性の一生」についての物語だと言うことに読者は気づかされることになる。本当にラストの部分で。

 ただし注意して欲しいのは、このようなことがただ単に暗示されているだけということだ。けして、この『絹』は「悲しい妻の物語」だと自己主張することはない。この作品は読者が能動的に読んでいることを前提としている。あっさりとした描写の中から、意味を能動的に読み取ることが期待されているのだ。そんな能動的な読書をするすべての人にお勧めできる本がこの『絹』です。

絹

Silk (Movie Tie-in Edition) (Vintage International)

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海の上のピアニスト

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